軌跡

過去へのアンソロジー

禍根-2

 駅で待ち伏せしていてなにが面白いのかというと、「えっ、どうしたの!」と驚いてくれ、その上思いも寄らなかったことに喜んでくれる。その表情と反応が嬉しくて、何時間でも平気で待っていた。こんなところでも相手のことを考えてやっているように思えるのだけれど、実は全然そんなことはない。結局は自分が嬉しくなりたいがためにやっているに過ぎない。つまり、誰が中心でもなくて、あくまでも自分が中心にいる。自分のための時間であり、イベントであるに過ぎない。
 彼女がそこまでその時に気がついていたのかどうか、私には確信はない。しかし、どうだ、面白いだろ?俺って結構献身的だなぁと喜んでいたらしい。なんとまぁである。
 通常は彼女は駅前のバス停留所からバスに乗って丘をひとつ乗り越えて帰宅する。その丘をふたりで手をつないで歩いて送っていくのが楽しかった。たかだか1.5kmほどの道のりだったけれど、大きなホテルの横を登っていっててっぺんにある警察と消防署を過ぎて下ってしまえば、大学の先が彼女の家だった。親がなにをやっていた人なのか、全く知らない。私立大学の付属の高校に行っている弟がいたことは覚えている。しかし、全く顔を覚えていない。覚えたくなかったのだと思う。お父さんもお母さんも覚えていない。通りに面したごく小さな、普通の木造の二階家だった。
 その家の周りは石垣で築かれた大きな敷地のお大尽の家ばかりだった。大企業の重役やら、有名な脚本家の家が並んでいた。だから、送っていくのにわざわざ遠回りをして、人の眼がなくなる高級住宅街の路地を巡って帰って行った。そうすればどきどきしながら唇を重ねることだって可能だった。みえみえだ。
 そういえば生まれて初めてのキスも彼女だった。あれは皇居前広場のベンチだった。夕暮れ時のベンチはすべて二人連れで埋まっていた。