軌跡

過去へのアンソロジー

禍根-3

   社会に出たばかりの事務員と大学に入ったばかりの学生の組み合わせが、いったいどれほどの将来像を描いていたのかといえば、もうそんなものは考えようもない。ただ、目の前のこと、つまり相手のことしか考えることはない。
 ただただ一緒にいて、ただただ手をつないでいるだけだ。それが夕食の店だったり、喫茶店だったり、電車の中だったり、帰宅する帰り道だというだけだ。とても、将来像なんてものに思いが広がるわけがない。見当のつかない明日という時間を考えると、無理にでも関係を解消して離れてあげなくては彼女の将来性になんの足しにもならないではないかと思っていた。自分の将来に何かが起きるとはとても思えなかったからだ。少なくとも彼女は企業の雇員となって月収があって、とりあえず生活の糧を稼いでいる。一応将来への基礎はできていたといって良いだろう。しかし、自業自得とはいえ、ろくに受験準備に励むでもなく、のんべんだらりとした時間を過ごして、結果的に本人には思いも寄らなかった学校に通い始めたばかりで、そんな思いに至った大学生としての時間はいったい何だったのだろうか。
 大学を卒業しさえすれば金を稼ぐことができるはずだとなぜ思えなかったのか。高度経済成長のまっただ中だったはずで、その証拠にアルバイトはいくらでもあった。
 それでいながら生意気にも、ふたりでの食事、ふたりで見る映画、入る喫茶店の費用を自分ひとりで出そうとした。どうやって工面していたのか、甚だ不思議。それでいながら一線は越えられなかったのだ。なんでだろう。はっきりいえば怖かった。なにが怖かったのかといったら、多分避妊できなかったときのことが怖かったというのもあるけれど、これで縛られてしまうのは怖い、という思いではなかったのかという気がしないでもない。縛り付けてはいけないという気持ちを持っていたという言葉とは全く矛盾するのだけれど、自分もフリー・ティケットをまだ持っていたかったのではなかったか。
 それが三年目に顕在化する。